11.トウキョウ


                                           
  私が高校生の頃のことでした。ある日、東京の築地のあたりを歩いていた時、反対の方から長身の白人が大またで元気良く歩いて来ました。そして、私とすれ違う瞬間に立ち止まって頭の真上に腕を挙げ、私が来た方(この人が向かっている方)を指差して、「トウキョウ?」と聞いてきました。瞬間的に東京駅の方向を聞いているのだな、と思い、正しい東京駅の方向、私の左斜め前(その人の右斜め後ろ!)を指差して、「とうきょう」と答えました。その人はちょっとびっくりしたような顔をしてから笑顔になり、回れ右をしてまた私の3倍くらいの速さで歩いて行きました。普段着で荷物も持っていませんでしたから、散歩に出て道に迷ってしまったという感じでした。

  旅先で道を聞く時、言葉が通じるだろうか、とか、どうやって聞いたらいいだろう、とか、実際に聞く前に色々と考えてしまうのですが、その度に、私はこの外国人との会話(?)を思い出します。多分この人は、東京駅に着くまでに何回か「トウキョウ?」と言って指差すことを繰り返し、最後にはちゃんと行きついたのでしょう。 実際のところ「トウキョウ?」が本当に東京駅の方向を聞いていたのかどうか確信はありません。でも、はっきりした言葉とジェスチャーで問いかけられたとき、私は、この人が東京駅に行きたいのだと思いましたし、それで間違いはなかったでしょう。
  言葉は話せるに越したことはないのでしょうが、たとえ出来なくとも、単語を並べてはっきりと意思表示すれば相手には通じる、という見本のような経験でした。でも、この人のようにシンプルにはっきりと意思表示をする、というのは、なかなか難しいものです。
(2000.12.03)





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